【生まれてから1番恐かった数分間】

先日、“私の人生の中で1番恐かった数分間”を過ごしました。

お盆の終わりに断食合宿に誘って頂いて神戸まで行った時の出来事です。

神戸の三田というところで、

築90年の民間のお家で3日間の合宿でした。

野菜の収穫をさせてもらったり、

瞑想したり、

少し話したり、黙ったり。

こんなにゆっくりの時間を過ごしたのはどのくらいぶりだろう。

もしかして初めてかもしれないです。

電波も無くて、それも良かった。

断食といっても完全な断食では無くて

不必要なものを摂らない食べ方を教わり

自分にとって要らないものを捨てる為の時間を取る合宿でした。

(本当は要るものを捨てれたら1番いいみたい)

セミナーのイメージがあったので

ワークか何かをひたすらびっしりやるのかと思ったら、

ゆったりした時間と時々お話しをする内容で、

なんて贅沢な時間なのだろうと思いました。

自分の中で超えたい課題がある中での参加だったので

どのタイミングで向き合うことになるのかと思ったら、

自然に会話の中で質問に答えているうちに段々と心を透視されてるように感じて

恥ずかしくて涙がでてしまいました。

そんな風にしているうちに、

自分の中に“恐い”と思っていることがあるんだって気がつきました。

初めて気づいてその事自体に動揺しました。

何が恐いかというと、

簡単にいうと

“心から大切だと思ってきたものを失う、壊れることが恐い”

という内容なんだけれど

恐くて恐くて、

今までのどんな瞬間よりも恐かったです。

今回は、その感情にどっぷり浸かることが大事ということで

“恐い”を感じ切らなくてはいけなくて

わたしが得意な感情に蓋をする事を良しとされなかったので

とにかく“恐い”を感じ切るのをやってみました。

ところが、それを数分続けていたら

すーーーーっとその感覚が消えて、

もう大丈夫だって思えるようになりました。

多分私の中で最も大切にしていた事。壊れるのが恐くて仕方なかった。

だけど、恐れを感じ切ったら

もうどうなっても大丈夫だって思えるようになりました。

(たった数分で!)

それから、会話の中で

私が、私のことを自分で“機能的価値”として

捉えてるんだって気がつかせてもらいました。

これって最低。

自分が1番見られたくない見方を自分でしていたって言うことです。

気づかせて頂いたので、

もうこれ以上、自分を低く見るのは辞めようって心から思いました。

2泊3日の大人の合宿。

“私”と言う人を壊してもらったところで

次は“自分で捨てる”

を体現する課題に取り組む予定です。

これは、ハードそう!

どんな自分を感じられるのか楽しみ♪

断食合宿、毎月やっているようです。

自分を変えたい人

次のステージに進みたい人

に、オススメです★

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